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東京高等裁判所 昭和39年(う)276号 判決 1964年4月27日

主文

原判決を破棄する。

本件を千葉地方裁判所に差し戻す。

理由

控訴趣意第一点について

所論は要するに、原判決は本件公訴事実中の強姦未遂の点については、刑事訴訟法第二三五条第一項所定の期間経過後に告訴がなされたのであるから該告訴は右法条に違反し無効であり、従つてこれを看過してなされた本件強姦未遂の公訴提起手続は無効であるとして該公訴を棄却したが、右は事事を誤認したか又は右法条の解釈適用を誤つた結果不法に公訴を棄却したものであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

よつて審査するに、原判決が所論のとおり本件強姦未遂事件の被害者中村とみ及びその法定代理人中村とよは本件被害当日である昭和三六年七月一八日に既に犯人を知つていたにかかわらず、その後二年一ケ月余を経過した昭和三八年九月七日に至つて初めて告訴状を提出し或は司法警察員に対し告訴の意思を表明したことが認められるから、該告訴の意思表示は刑事訴訟法第二三五条第一項に違反しその効なく、該公訴提起手続は無効であるとして公訴を棄却したことは、原判決に徴し明らかである。

そもそも刑事訴訟法第二三五条第一項にいわゆる犯人を知つたとは、犯人が何人であるかを知つたことをいい、犯人の氏名、年令、職業、住居等の詳細を知る必要はないが少くとも犯人を他の者と区別して特定することができる程度に認識しなければならないのである。しかして親告罪の告訴は犯人との関係その他諸般の事情を考慮して決定されるものであり、特に犯人が誰であるかは、告訴の意思決定に重要な意味をもつものであるから、被害者がかかる考慮をなし得る程度に犯人を特定し得ない以上未だ犯人を知つたとはいい得ないものと解すべきである。

そこで、以上の見解の下に、本件被害者及びその法定代理人が犯人を知つた時期について検討するに、中村とみの司法警察員に対する各供述調書(二通)、同人の検察官に対する供述調書、中村とよ作成の告訴状、同人の司法警察員に対する供述調書並びに証人中村とよの当審公判廷における供述を総合すれば、本件被害者中村とみ(当時一五年)は昭和三六年七月一八日午後五時頃中学校より帰宅の途中ひとり本件現場の山道にさしかかつた際、前方より歩いて来た男に突如右手を掴まれ胸に果物ナイフを突きつけられて附近の山林中の細道に引張り込まれたが、男が掴んでいた手を緩めた隙に急いで逃げ帰り難を免れたものであるところ、被害者にとつて右犯人は当日偶々同所において出会つた見知らぬ男であつて、その氏名、住所、職業はもとより、どこの誰であるかの見当さえつかず、只その人相、服装等につき、三〇才位の細面、痩形、背は普通より少し大きいように思われる男で、シヤツとズボンを着用し、地下足袋を履き、星のマークのついている宣伝帽を被り、風呂にも入らないらしく汗臭くて乞食のように感じられたという程度の認識であるに過ぎなかつたところ昭和三八年九月七日佐倉警察署員から被告人の写真を示され「犯人によく似ている」と述べて告訴の意思を表明し、更に同年一〇月一二日警察署において被告人に面接させられ「犯人に相違ない」旨確認したことが認められるであつて、被害者たる中村とみは右九月七日までは犯人について人相服装などはやや詳細に記憶しているものの、犯人とはかつて面識もなく何処の誰であるかは明らかでないのであつて、かかる認識の程度では未だ犯人を他の者と区別し告訴の意思を決定しうる程度に犯人を知つたとはいい得ないというべく同日被告人の写真を示され改めて犯人を特定し得たときはじめて犯人を知つたものと認むべきである。

つぎに被害者の法定代理人(実母)中村とよは、本件発生当日夕刻被害者が中学校教師と巡査に送られて帰宅したので本件の発生を知り、同月夜被害者に当時の模様を尋ねてみたが、被害者より犯人の人相、服装等を聞いただけでは、犯人がどこの誰であるか全く見当がつかず、かような犯人は厳重に処罰して貰いたいと思つたけれども、万一犯人が近在の知り合いの者であつたならば告訴をしたために却つて困つた事態に立ち至るかも知れないと考え、告訴を見合わせていたところ、昭和三八年九月七日に至り被告人を検挙した佐倉警察員より、犯人は各地で悪事を重ねた男で遠方の者であると教えられたので、告訴することを決意し、同日同署長宛てに告訴状を作成提出したものであることが認められるのであつて、かかる状況の下においては右中村とよは右同日まで犯人を他人と区別して特定し得なかつたものであり、右同日にいたつてはじめて被告人を犯人として知つたものと認むべきである。

されば被害中村とみが昭和三八年九月七日司法警察員に対して表明した告訴の意思表示並に同日被害者の法定代理人中村とよが司法警察員に対してなした告訴状による告訴はいずれも適法有効なものと解すべきにかかわらず、原判決が前記のように判示して本件公訴を棄却したのは違法であり、論旨は理由がある。<以下略>(裁判長判事長谷川成二 判事関重夫 松岡登)

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